英国の文学賞として権威あるものに「ブッカー賞」がある。両親ともに日本人の間に生まれ、後に英国に帰化した作家カズオ・イシグロ(石黒 一雄)が、1989年に「日の名残り」で受賞したことで知られる。
ブッカー賞には、さらにロシアブッカー賞(1992年)、国際ブッカー賞(2005年)などが設けられているという。その国際ブッカー賞を今年受賞した韓国作家、韓江(ハンガン[한강]、1970年11月27日~)の作品、「菜食主義者(채식주의자)」(2011年 きむふな訳、CUON)を読んだ。この作品は3部構成で、「訳者あとがき」によれば、2002年~2005年に発表されたという。
① 肉食を拒絶する妻(ヨンヘ)とそれに戸惑う夫を中心に彼らの視点で描いた「菜食主義者」。娘の肉食忌避を治そうと暴走する彼女の家族。
② 症状の進んだヨンヘに対する、ヨンヘの姉の夫の視点で描いた「蒙古班」。彼は、映像芸術の創作行為と肉欲の錯綜の中でヨンヘを犯す。
③ 山深くにある精神病院のヨンヘを見舞う、姉(インヘ)の視点で描いた「木の花火」。拒食を続ける妹に対する姉の回想、流される無力感。
若い女性ヨンヘを巡って、ヨンヘの夫、ヨンヘの実姉とその夫、それぞれの視点で描かれる。そういえば、地下鉄ソウル駅で見失なった母を探す、家族のそれぞれの視点を主語(代名詞)にして描いた、申京淑の「母をお願い」(2009年)を思い出す。家族の関係が強い世界なのだろうか。しかし、確実に互いの思いが食い違っている。
(本ブログ関連:”母をお願い”、”申京淑”)
「菜食主義者」は3部で構成されているが、それぞれ色合いが違う。①の「菜食主義者」は、序曲に相応しく全体の構図を見極めやすく、物語の要素が織り込まれている。その分、読みやすさを重視している。②の「蒙古班」は、植物化するヨンヘを呼び戻す試みをしているようだ。ここでは、①の父親の強権と同じく、(ヨンヘの実姉の夫である)映像芸術家の暴走が示される。③の「木の花火」は、既にベジタリアンではなく、拒食症に落ちた重度障害の妹を見守る(①の父、②の夫とつながる)実姉の悔恨ともいえる。
文学には素人なので、作品から何を得ようとすればよいかわからない。登場人物の内省で、「~なかった(否定)」、「~のようだ(推測)」という表現が重なると、追いついていけなくなる。文学理解というのは、相当タフでないと難しいようだ。
(映画化されている)
(Youtubeに登録のFrenchie Cerderolに感謝)