子どものころ、繁華街の路上に人だかりがして、親父の後ろから覗き込むと、地面に泥だらけになって積まれた万年筆が売られていた。聞くところによると万年筆工場が火事になり、焼け跡に残ったものを給料代わりに渡されたいう、ここで安く売るというのだ。いかにも怪しげな口上に、大人たちは黙って見ていた。
すると口上人は、泥だらけの万年筆の山から一本取り出し、そばに置いてあったバケツの水につけ込みサッと洗い、インクを補充して白い紙に筆を滑らせた。立派に使えると、書いて見せたのだ。結果、その万年筆が売れたのか、買った大人がいたのか記憶に定かでない。ただ思い出の光景だけが、モノクロの世界に残っている。
ネットを検索したところ、次の「mannenhudemaru」氏のブログがあり、上記の記憶がよみがえった。そして「泥万(ドロマン)」という言葉を初めて知った。
■ mannenhudemaruのブログ
「3年ぶりに泥万(ドロマン)を試してみた足立区の銭湯公演江北湯12.15(木)」(2016-12-15 20:41:15)
https://ameblo.jp/mannenhudemaru/entry-12228951593.html
ところで、路上販売については、フーテンの寅さんの口上を忘れてはならないだろう。その中に、「暦売り」のものがあるそうだ。映画の台詞を取り出したものから・・・一部抜粋させていただく。
■ 男はつらいよの世界(くじゃくのまい)
「寅さんが使う啖呵売での口上のセリフ全文(音声付)をまとめてみた - 易(人相・手相)限定の啖呵売口上」(2019/7/31、9/21)
https://www.com1ne.com/296
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天に軌道のあるごとく、人それぞれに運命と言うものを生まれ合わせております。
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当たるも八卦当たらぬも八卦、人の運命などというものは誰にもわからない。
そこに人生の悩みがあります
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今まさに来年のカレンダーとの交替時期だが、私は作月末(11/30)に終わらせている。一枚だけになった12月と、来年のものとを重ねているだけなのだが。
本屋に、来年のカレンダーや暦本(易経、神道の運勢暦)などがならんでいるが、むかしに、路上で暦本が売られていたことを知った。「日々の歳時記」(広瀬一朗、中日新聞東京本社、昭和五十五年【1980年】七月一日 初版)の「12月14日」の項に、「暦売」について次のような紹介がある(抜粋)・・・1980年当時にこんな光景が見られたのだろうか。
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・書店でも(暦本を)もちろん売っているが、街頭などで立ち売りしているのが歳末らしい風景。
(句例 省略)
・売っているのが老人だったりすると、わびしげだ。
(句例 省略)
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