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2024年4月4日木曜日

清明 2024

きょうは二十四節気の「清明(せいめい)」で、明るく清々しい輝く季節になった。ちなみに、清明をさらに細分化した、七十二候の三期間は次の通り(Wikipediaより)。
・初候: 玄鳥至(つばめ いたる) : <>が南からやって来る
・次候: 鴻雁北(こうがん きたす) : 大きな(鴻)<>が北へ渡って行く
・末候: 虹始見(にじ はじめて あらわる) : 雨の後に<>が出始める

(本ブログ関連:”清明”)

まさに春らしく、来る「ツバメ(燕)」、帰る「ガン(雁)」、そして春雨の後、空に架かる「虹」。清明には事物の変化のきざし、命の躍動を感じさせるものが詰め込まれている。


(付記)
そんな颯爽となるべき日(実際は薄曇り)、体操教室を休み、家にこもって昼間に夢を見た。

きょうから体操教室の新年度が始まる日だったのに、うたた寝をしてしまい行きそびれた。春の気配に体調が追いつかず、少々混乱しているようだ。冬の厳しさから春の心地よさに飛んでしまったのだろうか、こんな夢を見た。

古く懐かしい、むかし住んだ何軒かの家をつなぎ合せた不思議な夢を見た。家の中を巡ると、室内の作りや家具の配置が違う。一階の縁側から見える庭先と、二階の窓から見降ろした光景が別だったりもする。多分、三軒ほどの家が組み合わさっているようだけど、実際の記憶と異なるのは、当時の心象が微妙に反映しているせいだからだろうか。

ある部屋に入ったとき、物置然と家具で埋まった薄暗い奥隅に人の気配がした。
目をこらすと父のかすかな姿が浮かんで見えた。湯呑茶碗を持って部屋に入り、無言のまま小さな椅子に座ってゆっくり茶をすすっている。しばらくして、その姿が消えるのだが、再び同じ光景が繰り返されるのだ。わたしは、だまったまま見つづけていた。


(追記)
そうそう、きょうは「自然観察会」の公開イベントで、高尾山の「スミレ」観察会の日でもあった。けれど上記のごとく欠席した。昨年(2023.4.13)、同じ場所で同様に開催されたとき、足腰の具合が絶不調で大変難儀した思い出がある。遠出の観察会に出かける自信がなくなっている。今回は、確信の欠席になった。歳とともにいろいろチャンスを減らしているが仕方ない。