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2019年2月12日火曜日

(雑談)ことば

昔の教科書に、アルフォンス・ドーデの短編「最後の授業」が載っていた。普仏戦争当時の独仏国境沿いのフランス側アルザス地方にドイツ軍が進駐した結果、今まで学校で使われていたフランス語の授業ができなくなったという、小学生の体験を通した物語りだ。

中学時代の授業でのこと、この物語について国語教師は戦争批判の想いを込めて熱く語った。そのとき、この物語の裏にとんでもない誤解があるなんて知る由もない。教師にしたって、教科書の字面通り語ったに違いない・・・今となっては、誰もが知る顛末だが。

当時の教師像をいえば、何らかの形で戦争経験者であり、その体験から教育に正義を注ぎ込まねばならないという使命感が滲んでいた。それが多勢だったくらい学側も気付いていた。しかし、教師の潔癖さが一体どこから来るのかまで考えが及びもしなかった。教師も人の子である。戦時中、教師の親がどんな立場だったのかなど、後に知って驚くことになるのだが。

さて、「最後の授業」が現在の教科書に載らない理由は明解だ。アルザス地方はフランス側にありながら、元々ドイツ語方言地域だったのだ。だから、戦前のフランス語教育こそ、地元の土着言語を奪っていたに過ぎなかった。このことを隠して作られた児童小説を、日本の教師は大きな誤解のもと、自身の正義に重ね合わせて語ったことになる。