昨日の午前、公園内に併設の「自然観察園」を廻った。植物を踏み荒らすことがないよう、尾形光琳の硯箱の意匠にあるような「板橋」を園内に巡らせている。そんな一角に「レンゲソウ(蓮華草)」が群生していた。Wikipediaでは、「ゲンゲ(紫雲英、翹揺)」を代表名に記しているが、この呼び名に馴染みがない。
(本ブログ関連:”自然観察園”)
子どものころ、春になると、家族そろって遠くの山裾にある原に歩いて出かけたときの家族写真(今ではセピア色に変色している)が残っている。乾いた畑地にたくさんの「れんげそう」が咲いていた。みなで摘み、花輪(かんむり)を作った。といっても母の手によるものだが。春の大切な思い出の光景だ。
子どものころ見たレンゲソウは、先日に自然観察園で見たものと比べて、丈がもっと短かった気がする。それに、子どものころの陽射しは、思い返すとみな眩しい。色が飛んだように明るく輝いているのだ。思い出を美しくしあげたいからだろうか、それとも視覚記憶まで薄れていくためだろうか。
(本ブログ関連:”白いシーツ”)
ビリー・バンバンの、フォーク演奏スタイルだが、随分叙情的な歌「れんげ草」(1972年)がある。今となって思いで深い、懐かしい曲になった。
(Youtubeに登録のビリー・バンバン - トピックに感謝)