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2016年10月29日土曜日

ハロウィンを受け入れること

世の中、習慣といわれるものは、モードでフォーマルがあるように、いつの間にか流行(はやり)が固定して様式化されたもの。神道の「初詣」も「神前結婚式」もそうだった。今では当たり前のことだが、始めは奇異だったろう、さぞ違和感を感じられたかもしれない。でも、そこにつながる源流があったればこそなのだ。

ところが「ハロウィン」は、いまだに疑問を感じている。でも、それは風物として習慣化し、行事となってしまったようだ。最早、合点いかぬと言えば、時代遅れだの烙印を押されかねない。むげに逆らえば孤立する。といって承服とか、したり顔もしたくない。ただ、若者の遊びがひとつ増えたぐらいに傍観するしかない。

(本ブログ関連:”ハロウィン”)

私にしたら、ハロウィンは、レイ・ブラッドベリのSFファンタジー小説で初めて知った、文字を空想に置き換えた世界だった。だから今様の騒ぎを見ると、漫画を生身の役者が演じる「実写化」といったものに対して、若者よ、君らだって異論はあるだろう。そういうことなんだよ。

まあいいや、ハロウィンを受け入れよう。そして、それに乗じてちょっと他愛ないことでもしてみよう。

(レイ・ブラッドベリ原作 ”The Halloween Tree”のアニメ化より: メインタイトル”)

(Youtubeに登録のess89に感謝)