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2015年10月23日金曜日

(資料) 岡本綺堂「中国怪奇小説集-樹を伐る狐」

狐について話を探している。これまで、狐と人の積極的な結びつきを見てきた。習俗のなかに共生する関係だ。宗教的であったり、民俗行事である。ある意味、精神的な領域に展開される。

(本ブログ関連:””)

狐と人の関係が奇伝となると、それだけで済まない。狐に化かされるおかしさを超えて、逆襲の凄味もある。岡本綺堂の「中国怪奇小説集」にある「樹を伐る狐」(青空文庫)の次の一文は、調子にのった狐が、樹上すなわち上位の知恵から蹴散らされる話しだ。

一気呵成もよいが、単純に繰り返しては足をすくわれる。見透かされ一網打尽となる。

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・鄭(てい)村の鉄李(てつり)という男は狐を捕るのを商売にしていた。大定の末年のある夜、かれは一羽の鴿(はと)を餌として、古い墓の下に網を張り、自分はかたわらの大樹の上に攀じ登ってうかがっていると、夜の二更(にこう、午後九時~十一時)とおぼしき頃に、狐の群れがここへ集まって来た。かれらは人のような声をなして、樹の上の鉄を罵った。

・「鉄の野郎め、貴様は鴿一羽を餌にして、おれたちを釣り寄せるつもりか。貴様の親子はなんという奴らだ。まじめな百姓わざも出来ないで、明けても暮れても殺生ばかりしていやあがる。おれたちの六親眷族はみんな貴様たちの手にかかって死んだのだ。しかし今夜こそは貴様の天命も尽きたぞ。さあ、その樹の上から降りて来い。降りて来ないと、その樹を挽き倒すぞ」

・なにを言やあがると、鉄も最初は多寡をくくっていたが、狐らはほんとうに樹を伐るつもりであるらしく、のこぎりで幹を伐るような音がきこえはじめた。そうして、釜の火を焚け、油を沸かせと罵り合う声もきこえた。かれらは鉄をひきおとして油煎りにする計画であることが判ったので、彼も俄かに怖ろしくなったが、今更どうすることも出来ない。

・「ともかくも樹にしっかりとかじり付いているよりほかはない。万一この樹が倒されたら、腰につけている斧で手当り次第に叩っ斬ってやろう」と、彼は度胸を据えていた。

・幸いに何事もないうちに夜が明けかかったので、狐らはみな立ち去った。鉄もほっとして樹を降りると、幹にはのこぎりの痕らしいものも見えなかった。ただそこらに牛の肋骨あばらぼねが五、六枚落ちているのを見ると、かれらはこの骨をもってのこぎりの音を聞かせたらしい。

・「畜生め。おれを化かして嚇かしゃあがったな。今にみろ」

・かれは爆発薬を竹に巻き、別に火を入れた罐を用意して、今夜も同じところへ行くと、やはり二更に近づいた頃に、狐の群れが又あつまって来て樹の上にいる彼を罵った。それを黙って聴きながら、鉄は爆薬に火を移して投げ付けると、凄まじい爆音と共に火薬が破裂したので、狐らはおどろいて逃げ散るはずみに、我から網にかかるものが多かった。鉄は斧をもって片端から撲なぐり殺した。
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