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2014年10月17日金曜日

(資料)世宗文化会館の歴史(続)

世宗文化会館の歴史について資料を探している。韓国Wikipediaの「世宗文化会館(세종문화회관)」の沿革の項に、同館着工時、何を念頭に置いたか、およびソウルの公演会場の変遷について、次のように記している。(抜粋)

(本ブログ関連:”(資料)世宗文化会館の歴史”、”世宗文化会館”)

ソウルの公演会場の変遷: 「京城府民館」 ⇒ 【「雩南会館 → 市民会館」 ⇒ 「世宗文化会館」】
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日帝強占期(日本統治時代)には、現在のソウル市議会の建物として使用されている「京城府民館」が総合芸術施設として機能した。光復(独立)後、1961年11月(10月?)に竣工・オープンした「市民会館」がその後に続いたが、1972年に火災で焼失した。これソウル特別市で大規模な総合公演場を建設する計画を用意して、1974年 1月に着工した。

1978年4月14日に竣工(工事終了)と同時に開館され、南北統一時、会議場の使用を念頭に置いて建てた、3,800席以上の大劇場と、532議席の小劇場など、当時最大規模の施設を備えて話題になった。しかし、1980年代に「芸術の殿堂」など他の総合公演場が開館すると、立地が弱くなり始め、ソウル特別市側の安易な運営体系に問題点があるという指摘も絶えず続いた。

(以下略)
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